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2.長四郎さんの墓
天保年間(1831年から1845年)、城代家老の行列が重々しく通っていました。
そこへ地命寺坂から釣竿を片手に走り下った 七歳の童子(長四郎さん) が、
行列の来るのもわからぬままに横切ってしまいます。
先頭を進む年輩の侍は、……
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3.鯨組新宅跡(石橋酒造店)
石橋酒造店は、土肥鯨組の新宅としで1799(寛政11)年に築造されました。
屋内を一見すると、梁等の構造物は大きく、座敷の柱と鴨居の接点には装飾金具か嵌められ、
中庭には深堀の泉水・ハート形の手水鉢・石船があり、土肥家の豪華な時代が偲ばれます。
とくに天井板は豪華で、……
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4.旧松本薬局
旧松本薬局は1912(年明治45)年に建てられ、勝本浦でも一際目立つ赤レンガ造りの建物です。
平成21年に国の「登録有形文化財」 になりました。
建物は2階建てで、通りに面した部分は幅3.5m程度と狭いが、敷地は奥に向って細長く延びています。
一階は窓の格子や軒下の持送りなど和風な作りに対して、2階はモルタル塗りで銅板張りの両開き戸という様に洋風に仕上げてあり、
そのアンバランスさが面白い。
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5.諏訪大社の「御柱」
松尾芭蕉の高弟、河合曽良の終焉の地である勝本町と生誕の地である長野県諏訪市とが、平成6年に友好都市の提携を結びました。
そして、平成10年に 無形民族文化財の神宿る「本宮三之御柱」を寄贈 していただき、
平成16年の壱岐市誕生の時に、その後も平成22年、28年と令和4年と6年置きに、これまでに 計5回寄贈 を受けています。
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6.印鑰神社
印鑰(いんにゃく)とは、国府が朝廷から預かった「公印」と、正倉の「鍵(鑰)」 を意味しています。
これらの印と鍵は大変重要であり、厳重に保管され大切に祀られていました。このことが、印鑰神社のはじまりと言われています。
壱岐島は日本で20番目という小さい島ですが、 古代から国として認められ南北に壱岐郡と石田郡の2つの郡 に分かれていました。
この神社は、北にあった壱岐郡の印鑰神社です。